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【要約】マッチングアプリ・出会い系関連のニュース&コラム
日経ビジネス:テレビCM打てぬマッチングアプリ、「出会い系」の悪印象払拭狙う
出典:テレビCM打てぬマッチングアプリ、「出会い系」の悪印象払拭狙う
- 新型コロナの感染が広がり始めた2020年春頃、マッチングアプリ各社はユーザー数の減少に苦しんだが、その後国内大手4社のユーザー数はいずれも増えている
- しかし出会い系サイト規制法によって規制されているため、幅広い人たちに知ってもらうための有効な手段となり得るテレビCMや新聞広告は出せていない現状
- 若年層の間ではマッチングアプリを使った出会いがすでに一般的なものになっているが、今後もっと幅広い人に受け入れられるためには更なる安全性の向上が必要になるだろう
NEWS CAFÉ:実際に…ナンパから真剣交際に発展するパターンって?
- マッチングアプリや街コンなど出会いの場が多様化しているがいまだナンパには抵抗がある人もいるはず。ナンパから真剣交際に発展するパターンはどんなものかを紹介
- 男性がナンパをするのは、「なんか可愛いと思ったから」という理由が多数。会話が楽しければそのままお茶して解散というパターンで恋愛へ発展の可能性も
- 「ナンパは無理だから」と無視していては、せっかくのいい出会いを見過ごしてしまうことになるかも
【要約】恋愛関連ニュース&コラム(BIGLOBEニュースより)
義理チョコで差をつけよう!気が利くと思われるプチギフト3つ
出典: 義理チョコで差をつけよう!気が利くと思われるプチギフト3つ
- 義理チョコと言いつつハンカチやハンドクリーム、ウェットティッシュなどを渡すのと他の人と差がついて良いかもしれません。
- 義理チョコを渡すことで会話のきっかけや仕事のチャンスにもつながるかもしれません。
- 義理チョコから今まで気にしていなかった男性との恋が始まるきっかけになるかもしれません。せっかくのイベント楽しみましょう。
吐き気をもよおすほどの嫌悪感だった…婚約者の「ほんの一言」で別れを決めた私は心の狭い女?
出典: 吐き気をもよおすほどの嫌悪感だった…婚約者の「ほんの一言」で別れを決めた私は心の狭い女?
- 信頼を築くのは年月がかかるが失うのは一瞬。何年も別れを引きずった女性のお話をご紹介。
- 付き合って2年後にプロポーズをされたが、彼の発する言葉に嫌悪感や吐き気を抱き彼に対して気持ち悪く思ってしまった。
- なんと彼は、束縛男で檻に入れてどこにも行かせたくない。魔法で小さくなってくれたらポケットに入れて連れて行けるのに。などと発言する男だったのです。この女性は頭の中で警告音が鳴り婚約を破棄する結果となりました。
みんなの結婚体験談『幸せな思い出』
プロポーズ・結婚式・新婚旅行など、結婚に関するできごとは、人生のなかでも特に大きなイベントといえるもの。
今回はそんな結婚に関する思い出や体験談を、5名の方々に寄せていただきました。
(体験談は、恋愛のものと同じくランサーズで2022年1月25日に募集したものです。掲載はご応募順です)
のらりくらりとした彼に、一か八かの勝負を仕掛けた(56歳 / 女性 / 愛知県)
21の時に交際を始め早4年。
25歳になった私はとてももやもやしていました。
付き合っている彼氏から結婚に前向きな姿勢が見られなかったからです。
それとなく二人の将来をどう思っているのか聞いてみても「まぁ今はまだいいかな」というのらりくらりとした態度。
同い年の彼も同じく25歳でしたが、女の25歳と男の25歳は違うのよ…!と当時の私はやきもきしっぱなしでした。
というのも周囲が結婚ラッシュで独身仲間がどんどん減っていき、内心焦っていたからです。
加えて彼は結構適当人間、このまま1年2年進展がないまま時が過ぎたら…そう思ったら居てもたってもいられず「私、26歳の誕生日までに結婚できなかったらあなたの事は諦めるから」、そう思い切って釘を刺してみました。
彼はその時押し黙って何も言ってはくれませんでしたが…数日後、なんと念願かなってプロポーズの申し出が!勝負に出てよかったぁ、ほっとした瞬間でした。
ちょっとした略奪結婚?(38歳 / 男性 / 栃木県)
私が今の妻と出会ったのは、12年前になります。
当時私は独身で、妻は結婚しておりました。
妻は私の会社の下請け会社に勤めており、毎日顔を合わせていました。
最初は結婚していると知らずに、私の方から飲みに誘いました。
その時に、結婚している事、旦那様と上手くいっていない事を聞きました。
その後も何度か飲みに行っているうちに、旦那様との関係が悪化し、ついには別居をしてしまいました。
私は、本心ではこの人と結婚したいなと思っておりましたが、旦那様と仲直りする様にアドバイスしていました。
結果は、協議離婚が成立し、離婚後私と同棲する事になりました。
それから約1年後、私からプロポーズし、晴れて結婚になりました。
今現在、結婚10周年を迎え幸せに暮しております。
結婚に至るまでのエピソード(39歳 / 男性 / 静岡県)
私たち夫婦は結婚してから早7年が経過します。
そんな、私たち夫婦の結婚までのエピソードですが、お互い仕事にて電話でのやり取りしかしない関係性でした。
電話のみの対応で5年ほど過ぎた時、思い切ってご飯に誘いました。
流石の奥さんも当時は、びっくりしたようで誘いを受けるかどうか悩んだようでした。
その後、悩んだものの誘いに応じてくれて、初めてご飯に行く事となりました。
そこで、意気投合した私たちは交際をスタートさせ、約1年半ほどの交際を経て結婚へと至りました。
今振り返ると、当時勇気を出して誘った自分に対して凄いなと感じています。
そんな、少しだけドラマのような私たちの結婚までのエピソードでした。
結婚まで:新郎のいない結納(32歳 / 男性 / 東京都)
現在の妻にプロポーズをしたときには既に海外(中国)に1年間の期間限定であるものの転勤することが決まっていました。
一方で妻はどうしても20代の内に結婚式を挙げたいとの希望があり、私が海外にいる前提で入籍及び結婚式の準備を進めていくことになりました。
その第一段階である結納のタイミングでは、本来なら私(新郎)は日本にいるはずだったのですが、急遽出国が早まり、もうすでに転勤してしまっている状態でした。
日程を変更することも諸事情があり難しく、結果としては新郎である私がいないまま結納を決行することになりました。
現在ならオンラインでの参加というやり方もあるのかもしれませんが、当時はそんな発想はありませんでした。
結果としては、不在の私のちょっとした悪口でみんなが意気投合し、妻としては私の両親との関係構築に役立ったそうです。
お葬式に参列したら結婚することに(43歳 / 男性 / 東京都)
“当時の彼女(今の妻)と付き合っていた頃のこと、彼女の父はすでに70代でした。
その義父がある日突然倒れ、そのまま亡くなられたと連絡を受けました。
私は当時関西に住んでいたのですが、葬儀に参列するため彼女の実家がある関東まで出てきました。
そして、葬儀の場で彼女の父方の親戚たちに会い義父の話を聞くことになりました。
するとなんと義父の家系は関西の出身、しかも私が住んでいた場所からほんの1時間足らずのところだとわかり、とても盛り上がりました。
それもそのはず、義父の家系は全員関東へ移って来ており、誰も関西に住んでいないにも関わらず、そこに由緒正しい立派なお墓があり、移すこともできず管理に困っていたのです。
そんなときに私が現れたのでみんなは喜び、しかも亡き義父が娘の結婚を待ち望んでいたことも合わさり、お葬式から一年以内という、通常なら親戚から反対の出そうなタイミングで結婚が決まりました。
みんなの恋愛体験談『幸せな思い出』
幸せな恋愛の思い出は、何歳になっても人生のあらゆる場面で、人の心を支えてくれるもの。
ここでは、そんな幸せな恋愛の体験談で、5名の方の思い出を紹介させていただきます。
(体験談は、日本最大級のクラウドソーシング「ランサーズ」で、2022年1月25日に募集したものです。
(掲載はご応募いただいた順番です)
人生で初めての一目惚れ(24歳 / 女性 / 兵庫けん)
大学の時の話です。
1ヶ月後に留学出発を控えた私に、バイト先の先輩がご飯に連れ出してくれました。
そこに先輩の幼なじみが2人、飛び入りで参加することになりました。
その1人に私は一目惚れ。
見た目も服装もタイプで、何より笑顔が素敵でした。
もう一度飲み直そうとお店を変え、話も盛り上がり時間は2時過ぎに。
夢中になっていた私と同席していた同期の友達は終電を逃してしまい、、そこで彼は責任を感じ必死でタクシーを探してくれたのです。
初めてあったのにそこまでしてくれるなんて、、と感動したのを覚えています。
私は留学を控えていたし、気持ちを伝えることはできなかったけれど、今でもあの笑顔は忘れられません。
大事な一目惚れの経験として、良い思い出になっています。
美人で性格のいい女性とのオフィスでの恋愛体験(59歳 / 男性 / 福岡県)
“何年か前、東京の会社にいたときのことです。
隣の部署に新人の女性が途中入社してきました。
年齢は21歳ですらっとしてスタイルが良く小顔で美人系です。
ある日の昼休み、会社近くの公園にポツンと一人でお昼ごはんを食べている彼女を見かけましたが、かなり沈んだ表情でした。
心配になって声をかけると、私の顔は知っていたらしく弱々しいですがニコっと挨拶してくれました。
張り切って入社したのに初めての仕事でなかなか覚えられずに先輩女性からきつく当たられているそうでした。
最初は誰でもそうだよなど慰めの言葉をかけてあげると少し表情が和らぎました。
それがきっかけでよく公園で一緒にお昼ごはんを食べるようになり、やがて付き合うようになりました。
半年ほど付き合いましたが、私が遠い地区に転勤になるとともに自然消滅しました。
でも美人で性格のいい優しい女性との貴重な時間を過ごせたいい付き合いだったと今でも思い出します。
ずっと幸せでいて欲しい唯一の人(37歳 / 女性 / 大阪府)
“20代の頃、10歳以上年上の男性を好きになりました。
真面目で口数は少ないけどとても優しい人でした。
彼は国家資格取得のための勉強をしていて、彼女は作らない主義というのを聞いていました。
女性の間ではとても人気のある人で、私には叶わぬ恋という感じです。
彼を好きな気持ちはどんどん募っていってなかなか二人きりになれることもなく、話す機会があっても緊張してしまって上手く話せなかったりもどかしい日々が続きました。
私は初めて占いに頼ってみました。
そこで「きちんと向き合わないとダメ。後悔するよ。」と後押しされ告白することに決めました。
結果は残念ながらお付き合いすることはできませんでした。
でも『ごめんね。でもありがとう。嬉しいよ。』という彼の優しい言葉に本気でこの人を好きになって良かったと思いました。
私はこの恋を引きずることもなく、10年以上経った今でも幸せでいて欲しいと心から願える唯一の人です。
好きなの?どっち?こじらせ男子(25歳 / 女性 / 京都府)
大学時代のアルバイト先でとても優しい社員さんがいました。
地元も近くて一緒に働く時はいつも和気藹々と過ごしていました。
仲良くなれたので、他のメンバーと一緒に仕事終わりにご飯に行っていました。
とある時、自宅まで送ってくれたり、就職活動でしばらくアルバイトを休むときには、早く帰ってきてほしいなどと声をかけたりしてきました。
私にだけ特別扱いしてくれていると思っていたのですが、特に進展はなく、その社員さんの異動と私の卒業で離れ離れになりました。
お互いの距離が離れて、久々に連絡を取ろうと思っても連絡先が変わっていたので、音信不通になりました。
モヤモヤした気持ちが残ったまま別れたのが悔いに残っています。
ニット帽がつないだ甘酸っぱい青春(38歳 / 女性 / 広島県)
中学生の頃にクラスは違うけど気になる男の子がいました。
なんとなくけだるそうな雰囲気で、協調性のない人でしたが周りからは慕われているという不思議な人です。
2年生から同じクラスになりましたが、話すことはなく日々が過ぎて行きました。
そしてある冬の日にあまりの寒さにニット帽をかぶって登校していた時期があり、もちろん校則違反なので学校の近くで取っていました。
すると、それから間もなく彼も似たようなニット帽をかぶって登校する姿を目撃しドキッとしたのです。
その時、目が合いニコッ笑ってくれた時、嬉しさがこみ上げてきました。
それから話しをするようになりましたが、お互いに意識をしつつも何事もなく、ただただ甘酸っぱい時代でした。